2008年02月15日

無明庵のブログについて考える

考えてみれば、最後の書き込みから数週間、月日の経つのは夢のように早い。

今日は書き込みをしよう、明日こそは書き込みをしようと・・・・・・・。

多分、誰でも最初にぶつかる壁かも知れない、本音を言えば、疲れた、

疲れた、疲れた。

その間、ブログについて考えてみた、結論から話すと、肩肘を張りすぎた。

最初の出足の書き込みは約1週間ほど推敲を重ねた末に出来上がり、

自分自身も満足が行き、楽しさも一瞬感じた、しかし、肩肘を張った書き込

みは大変、本当に修行が苦行になってしまい、本来持っているブログの

日記性、手軽さを再確認して、知っている人は知っているが、かって多分

ラジオの文化放送でパーソナリテイーをしていた、山谷新平が好んで

使っていた「継続は力なり」の言葉を思い起こし、無学非才でいいじゃない

か、自分なりの形が作れるように考えてみました、是非長い目で・・・・・・

宜しく! さー頑張るぞ!

2008年01月30日

無明庵のウオーキングの盲点について考える。

盲点とは? 今まで盲点との語源について考えもしなかった。 教えてくれたのは眼科の

お医者様 糖尿病の派生として眼科に2ヶ月に1回検査を受けている、初めて、検査の一

環として、「視野検査」 を受けた。 受けていない人もいると思うので、その方法は暗室の

中に大きな丸いレンズ状に小さな電球が円一面に360度その中に小さな電球が埋め込

まれている。

右目、左目と別々に行われるが、右手にスイッチボタンを持たせられ、小さな電球が交互

に光るのを確認できると、スイッチボタンを押すという、単純作業、時間は片目10分前後

と長く、疲れてしまう。 その後、画用紙に円が描かれていて、光が確認できた場所が円で

記入されている、その時見てていて、ある一定の場所で約く4~5cm四方が抜けている、

何かの病気が。。。と気にしていると、先生が察して、ここを盲点といい、哺乳類の目には

すべてあると安心させてくれた。

 本題に入ると、物の本、新聞などには「何時でも」「何処でも」「好きな時に」良いことだけ

を書いている。 注意書きが少ない。最近では爆発的に人口が増え、ますます色々な人に

出会うチャンスは増えたが 身をもって約20年近くの経験でこれだけは、またまた、文章

力の不足で箇条書きにして見ました。

1) 水分は必ず取ること。

  ある夏の日、いつものように歩いていると、いつもと違う感覚に襲われました、頭が本当

   にボーーー ,  歩く気力が無くなり、気持ちが悪くなり、何か足が攣りそうになって、最

   的にはへたり込みました。

  その日反省してみると、水分補給を忘れていたのでした、最悪になると卒倒するとか、

   吐いてしまうとか、結論的に言えることは絶対に水分補給を忘れないで十分にとろう

 馬鹿にしないで。 

2) 痩せたい

  この言葉を励みにウオーキングをする人が増えています。私の経験ではそれ程の

  効果は期待 出来ないと思われます、誰かウオーキングだけで痩せた人がいたら、

  方法を教えてください。

3) 歩き方

  失敗話です、歩き始めて2~3年間ただ、我武者羅に歩き続けました、歩き方。。。

  そんな事  全く、全然,一つも。。。全くの無知状態で! 当時の自慢は右、左の

  脹脛(ふくらはぎ)が太く 硬くなって、筋肉がつき、何となく「やっているんだぞ」と優

  越感に浸っていましたが、現実は筋肉が痛く、歩くのも不自由、とにかく硬直感があ

  り、とにかく、疲れが取れないので、無理に無理を重ねて歩いていたのです。

  そんな、ある日急に膝の痛みが時々感じるようになってきて、正座が出来なくなって

  しまい  鈍痛が走り始めました、1週間ほど我慢して、ある町医者に行きました、そこ

  で3週間ほど電気マッサージや温シップ、を受けても、少しも良くならず、逆に膝に水

  がたまり始め、注射器で 水を抜くと少し痛みは和らぎますが、「おかしい」と感じ、遅く

  なりましたが、成田日赤病院の整形外科で、MRAで調べてみると、膝の軟骨と軟骨の

  間に、半月盤という軟骨があり、そこが  傷ついてしまい、薬では治らないとのことで、

  手術を受けました。

  原因についての先生の話では「歩き方が悪い人にこの症状が出やすい」とのこと、そこ

  で初めて歩く事にも、基本があることを教えられました。 考えてみれば毎日毎日車ばっ

  かり、ろくな運動も何もしていない、その上に基本を無視して、ただ歩くことに快感を感じ

  ていたのです。  たぶん歩いている間に、あーでもない、こーでもないと、自分にあった

  歩き方をマスターすると思いますが、私が考える基本は「踵から下ろし、土踏まず、指先

  (出来たら左右親指)で蹴り「大きなストライドを気にする」こうすると、脹脛は痛くならない、

  太腿に筋肉がつく、サッカー選手の太腿のようになって行き、お尻の筋肉も鍛えられ、垂れ

  下がったお尻も、年に関係なく 上がらないまでも、格好が良くなる。・・・と思われます。

  そんな事を励みに今でも無理をせずを信条に「継続は力なり」を実践しています。

 

2008年01月21日

この後

坂田ケ池は6月~8月まで蓮の花が綺麗ですが、2年前までは蓮の花も少し少なく、

花と花の間にも隙間があり、違法の釣り人がルアーフィッシング、フライフィッシングで

朝早くからブルーギル、バスなど俗に言う特定外来生物を釣るために若者が数人で

楽しんでいましたが、昨年より11~12月に池の水を抜き撲滅してからは、撲滅状態

になりましたが、一寸寂しい感じです。 特にこの橋はつり橋で一番の人気スポットで

した。橋を渡った処に綺麗な孟宗竹の竹林がひっそりと作られています。

渡り左に池に沿って300mほど行き階段状の坂道を右折しますとキャンプ場にでます。

その周辺は子供の遊び場、トイレ、長いすべり台、ジヤングルジム、風光明媚で夏に

なると若夫婦、お孫さんを連れお爺さん、お婆さんの姿が多く見られます、是非お出かけ

下さい。その周辺の写真も入れておきます。

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2008年01月19日

次に池の真ん中にある橋を渡ります

 

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2008年01月18日

写真で見るウオーキング散歩コースの①

散歩コースの最初は坂田ケ池公園の池の淵より入ります。

 

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無明庵のウオーキングについて考える

ウオーキングを始めたのは平成3年バブルの余波が押し寄せつつある時期だと思う。

当時は千葉県内を右往左往していて、殆ど車の移動で運動など望むことさえ出来ない

状態だった。

そんなある日、20数年来の友達であるT氏と飲む機会があり、その席で突然T氏が

「長生き出来ない程太って大丈夫か?」今でも思い出す忠告を受けた、その席では

「馬鹿いうな、こんなスマートな俺を捕まえて」と反論したが、上背173cm、体重92kg

ウエスト93cm、若干垂れ尻だった、家に帰りしみじみと鏡に向かいポーズをとった記憶

がある。 不恰好、本当にじっくり見れば見るほど不恰好、物凄いショックを受けた、

三島由紀夫ほどオナシストではないが気持ちは十分に通じた。 一念発起で運動=やせる

の方程式を作ってみたが、適当な数式がない、野球、水泳、エトセトラ、etc。全て時間も

ないし能力もない、行き着いた先がウオーキングだった、言ってみれば誰でもすぐに、気持ちよく

出来る。 しかし始めてみて、太ももは筋肉硬直で歩くにも響き、足裏は血豆、膝はガタガタ

こんな事が・・・・・・・・参った、ここで止めては男がすたる、信念は「当時ラジオ放送でよく聴かれた

「継続こそ力なり」の言葉に救いを求め、今まで歩き続けている。

文章が下手で、あれも、これもと思うと、ただダラダラで終わってしまうので箇条書きにして、何故

長続きしたのか、なにが良くなったのか、を整理してみた。

 1)無理をしなかった。

   体調の悪いときは休む。 疲れた日は休む、雨など天候の悪い日は休む、一番はウオーキング

   義務にせず、義務感を与えなかった、お釈迦様の言葉でないが「苦行は修行では無い」

 2) 楽しみを見つけた。

   まず、歩いている時が本当の自分自身の時間という実感。 たまたま幸いなことに自宅の

  近所に「県立房総風土記の丘」「成田市立坂田ケ池公園」があり、四季折々に冬は秋から

  の霜の降りた落葉の上を歩く感覚。 春は桜、春から夏の竹の子、きのこ、初夏から盛夏まで

  の蓮の花、秋には山栗、ススキ、忘れたが、山百合はお勧め、皆楽しみだ、ウオーキングの

  コースが一般道あり、山道あり、丘あり、谷あり、橋あり、芝生の公園あり、キャンプ場あり、

  と変化にとみ、全てが楽しみ。

3) 利害関係の無いおなじみさんが出来た。

  散歩時間は会社の都合で、7時には帰り、8時20分までには出掛けなければ、いけないので

  必然的に早く、5時30分から6時までに、車で房総風土記の丘の駐車場に到着しなければ

  ならない(約7分ほど)、その後、軽い体操をして、約1時間~1時間30分距離にして約4KM

  から5KM 歩きます、そんな時間ですが結構いるのです「物好きが」・・冬で(もちろん歩き始め

  は真っ暗)3人~4人、夏は十数人と出会います、お互いにどちらかとも無く「おはようございます」

  の掛け声と、たまには立ち止まり話をしますが、礼儀としてすれ違います、なぜかこれは思いやりで

  ペースを乱すからです、こんな時にも「礼儀」があると学ばせて貰いました。

  ある時、大きな畑の中から声がして見てみると、時々すれ違う人、思わず話し込んで帰りには

  取立ての、白菜、大根、にんじん、ユズ、ネギが箱一杯、楽しくなりました。

4)健康に役立つのかな

  数えてみれば17年、体重は本日現在78.5KG、上背は変わらず、ウエストは87CM、たいした

  事は無い、但し、暴飲暴食朝飯前の生活を楽しめたことは大きな収穫かな・・・

  ひとつ大きく変わったのはお尻の形、位置、および大きさ、完全に変わりました、三島由紀夫さんも

  楽しみがあったので筋肉隆々とした体になったのでしょう、彼は私と違い世界に名前を知られた方

  完全主義者だったのでしょうが、 私はとりあえず・・・の主義、ここに差が開いたのでしょう。

  本題の健康になったのかな?は?????です、最近のメタポぎりぎりです。

  次回は自己体験の歩き方について考えるまで、さよなら、さよなら、さよなら       無明庵 

  

 

 

2008年01月11日

無明庵の経験した「バブル」とは

平成元年12月弊社「三法不動産」は成田市並木町156-13小川ビル101号室

に産声を上げました。 女房と泣き笑い早や20年、今でも現役で頑張っています。

当時は俗に言う「バブル全盛時代」この周辺でも、住宅地で70万円~100万円/坪

商業地で100万円以上の土地が「ごろごろ」していました、今成田市ですが、「下総、大栄」

の大昔の「分譲地」道路もない、設備もない、そんな土地でも30万円以上していました。

当時のサラリーマンの年収から考えても「自殺行為」に近いものがありました。

それでも売れたのです、なぜか?無理をしても良かったのです。

購入者も土地、建物を数年持っていれば、「一財産」築けた上に、建物つきですと

「ロハ」只で住み、一財産築き、将来もっと良い生活の場を手に入れる投資的

側面も持っており、考え方として「マトモ」であり、右肩上がりは永遠に続くものと

絶対の自信と確信を持っていたのです。

その頃思い出にある話です、ある時私が工事途中の建売を見つけました、売主

を探し、価格を聞きました「5,000万円で考えている」との話でした、そこで

出来上がる頃ですから約4ヵ月後ごろ、お客様を見つけ、その価格で交渉を進め

買い付け証明書を作ってもらい売主の元へ飛んで行きました、「契約は何時ごろ」

しかし、「他にもお客が居るので、時間を欲しい」との事で、約1週間後に電話があり

「申し訳ないが6,000万円なら売っても良い」との返事、何と4ヶ月で20%の値上げ

で、そのような話が「大手を振って」歩いていたのです。その話を恐縮しながら、伝えて

平あやまりでした。 しかし買ったのです、その値段で。

不動産取引の件数では、ある佐倉の不動産業者で社長と、従業員2人の小さな業者

ですが、何と、売上契約は本数で言いますが、「48本」の一ヶ月新記録を作った例を

実際に知っています。こんな事が日本国中で起こり「1億総不動産業者」と言われました。

冷静に当時を振り返って見れば「ありえない」「絶対にありえない」何故気が付かないのか

それだけ、人間の思い込みというものの凄さ、お金万能の考え方、どの様な教訓を得たのか

現在、アメリカと言うより世界が「サブプライムローン」の影響が心配されていますが、今回も

教訓は生かされていない、人間は忘れるから人間なのかもと思うこの頃です。

2008年01月10日

自己紹介

 ◆どこで取れた:東京都墨田区千歳町らしい!

◆いつごろ取れた:昭和17年(1942年)2月

◆名前:服部昭治  (ハットリショウジ)

◆現在の生息地:千葉県印旛郡栄町酒直

◆家族構成 :妻 1人、子供 1人、私 計3人 と猫様一匹

◆趣味 : 趣味と呼ばれる程のものは無し【困ったものだ】。。

       いつか「パソコン」特にブログ作成等といいたい【願望】

◆趣味と言えないけれど好きなこと

       早起き、ウオーキング、読書、サッカー観戦

       気まま旅【国内、自動車にて】、適当な写真 これくらいか。。。

◆我が家の権力構図:総理大臣兼務大統領  猫

      猫履歴:生まれは千葉県成田市、名前は「唯(ゆい)」性別 メス

      年齢:多分15歳位 種族:チンチラ 特徴:右耳負傷あり

◆2番目の権力者はご推察のとおり「大蔵大臣」です

◆今後のニックネーム 無明庵 (むみょうあん)です。

                  以上が自己紹介です

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   ご紹介に預かりました私が総理大臣兼務大統領の「唯」です

   普段私は「唯様」と呼ばれていますのでお忘れなく。

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2007年12月14日

初めてブログ

今日は大変なことが起こった、なんと!パソコン嫌いの私がブログを作り始めました

今後どのような苦労があるか、或いは新しい発見があるのか、素人の参考になれば

と。。。思っています。

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